■白よひら
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わたしが六つの頃まで過ごしていたウワバミ村は、タカノス地方に存在する、アジサイの下にある靉靆(あいたい)とした村だ。命廻学校(みょうかいがっこう)からだと、ハンミョウなら五日で着く。
ウワバミ村は暗い村だ。鬱蒼(うっそう)と茂(しげ)るぎざぎざ縁の葉っぱに覆(おお)われ、光が射しこまないのだ。特に雨季はひどかった。異民族の父から受け継いだ、墨のように黒い己(おのれ)の目では、昼間でさえカンテラが必要なほど。
してウワバミとは蛇(へび)のことである。蛇と言うのは遥(はる)か昔に存在していたと考えられる、長く、太く、とぐろを巻く生き物だ……「蛇に睨(にら)まれた蛙(かえる)」などという言葉もある通り、あのカエルを凄ませるほどの、大層(たいそう)な迫力(はくりょく)があったのだろう。
この世界には、蟲と微生物(びせいぶつ)、菌(きん)、そうしてわずかに、カエルとわたしたち人間が存在している。
さてアジサイと聞くとどうしても檻(おり)が去来(きょらい)する。先程も申し上げた通り、わたしは六つの頃までアジサイの下に住んでいた……それはもうのびのびと。アジサイの下にあるウワバミ村はその名の通り、ウワバミを信仰する、クログツナ教徒の村だ。廻(めぐり)の力を必要としていない村人は所謂(いわゆる)「反廻派(はんめぐりは)」であった。しかしわたしは廻を知らなかった。廻も知らず、己(おの)が花の下に住んでいることも知らない、六つの幼子(わたし)の知っていたことは、自分の名前と母親の名前、そしてカタツムリの上手な乗り方だけだった。
ざざ降りのある日。絹製の上質なローブをまとった、大柄な人間が村を訪れたことがあった。村長(むらおさ)に一言、二言と言葉を交わし、一拍(いっぱく)置いて石のつぶてを食らわせられていたその人を見て、わたしは慌てて駆け寄った。その人は薄い色の目をしていたが、暗い村ではそれが何色かまでは確認できなかった。足元まで来て、おずおずとハンカチを差し出すわたしを見たその人は、皺(しわ)のあるくぼんだ目をスッと細めた。頭から流れる血が、目元の皺の溝(みぞ)に染み、黒い線を引いていったのを覚えている。
首から奇麗な石を下げたその人こそ、廻だった。
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「この娘御(むすめご)は、よそん者(もん)の血が流れとるけぇ、好きにしんさい」
母が口を開く前に、村長が廻に――正しくは命廻学校教員(みょうかいがっこうきょういん)である。高齢の楚族(そぞく)の先生だ……――そう告げたこと覚えている。その人はくぼんだ目をまっすぐ村長に向け、ひとつうなずくと今度は母とわたしに向き直り、深く頭を下げた。くたくたの髪の中に、わたしが捲(ま)いた白い包帯が覗いている。つられてわたしも頭を下げる。
そのときはまだ、村長の言っている言葉の意味が分かっていなかった。ただただ、壁掛けランプに照らされた村長の豪奢(ごうしゃ)な住(すまい)が、オレンジ色に染まっているのをきょそきょそと眺めるのを楽しんでいたように思う。
母は隣でため息を吐(つ)いた……「トリリアント、入学するからには一番でいなさい。わたしにこれ以上、恥をかかせないでね」と。
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それから五日ほど経ったよく晴れた朝のこと。とんとん拍子(びょうし)で荷造りをして、蟲乗りが操るハンミョウの荷車に乗って村を出た、あの日。わたしは初めて村の全容を知る。檻ではなく、確かに花だった。白いアジサイは晴間(はれま)の光を反射して、わたしの目にチカとするどく刺さった。
六年ほど前に書いた小話を書き直しました。実家の庭に白いアジサイが植わってましたが、一回しか咲いてくれませんでした。
2025.5.12
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