赤焼け轍

「――……時期外れの炎麼襲撃騒動(えんばしゅうげきそうどう)、幻符(げんふ)の経年劣化(けいねんれっか)による結界破損が原因と思われます」

 懐(ふところ)から生徒たちが回収してきた幻符を取り出し、私はそれを石英(せきえい)でできた長机に並べる。命廻学校(みょうかいがっこう)の背の高い塀(へい)に、等間隔(とうかんかく)でぐるりと貼付(ちょうふ)されている幻符は、幻属性(げんぞくせい)の教員が腕の良い蟲乗りを雇い、幻属性の生徒が寿命前(じゅみょうまえ)のカマキリの背に乗って貼付作業を行う。その枚数は、五十枚と決まっている。

「四十二枚が劣化していました」

 私がそう告げるや否や、ある教員は頭を抱え、ある教員は腕を組んだまま息を吐いた。長机に点々と置かれた古カンテラのくすんだ灯りが、囲むように座る教員たちの黒いシルエットをぱっきりと橙色に浮かび上がらせている。各々(おのおの)の暗澹(あんたん)とした表情は、私の目にはどうにも叙事詩(じょじし)の挿絵(さしえ)の様に映った。

 ここは命廻学校地下にある、教員用の会議室。とは言ってもそうなったのは最近の話で……つい二十年ほど前までは、ここはかつて癇癪玉(かんしゃくだま)のような生徒たちの躾(しつけ)に使用されていた折檻部屋(せっかんべや)であった。

 時間の流れが掴めず、通気口の風の音(ね)が呻(うめ)き声の様に木霊(こだま)するこの部屋が、私はあまり得意では無かった。

「トグル先生。貼付作業が行われたのはいつ頃ですか」

 上背のある教員……歴史教員であるリベット先生が眉根を寄せながら、ただれ癒着(ゆちゃく)している手指のわずかに残った爪の先で、長机をコンコンと叩き、私に質問を投げかけた。その鋭い一重はまっすぐに、一人の教員を睨(ね)めつけている。

「ああ……今年の初め、去る雪の月の十日です。貼付から、まだ三か月しか経っておりませんが……」

 私はリベット先生の目線の先の、ある教員へと目を配った。

「……酷(ひど)く不出来な幻符を作ったか、貼付作業を怠(おこた)ったらしいな。カシメ先生」

 椅子に深く座り、カンテラの灯りをボウと眺めていた若い教員――カシメ先生は、一度瞬きをしたのち、ゆっくりと顔を上げた。リベット先生から己の名をこの場で出されたことに、然(さ)して気にも止めていない様子だった。彼はわざとらしく肩をすくめ、口を開く。

「今の一度も手を抜いたことなんてありませんよ。第一、メリットが無い」

 会議室の空気がぴんと張りつめる。私は片耳を触りながら、小さくため息を吐いた。

「欺瞞(ぎまん)ですか。白々しい……一部の生徒への過剰(かじょう)な依怙贔屓(えこひいき)、粗悪(そあく)な幻符といい、あんたが命廻学校(ここ)に身を置ける事実全く理解しかねる。教員の器(うつわ)では無いだろう」

「お二方、私語は慎(つつし)んで頂きたい……」

 私の発言をまるきり無視したカシメ先生が「はは」と軽い笑い声を上げる……おおい若者たちよ、頼むから喧嘩だけは勘弁(かんべん)してくれよと願いながら、私は自身の眉間(みけん)を揉んだ。

「えらく偏った物の考え方をしますね、リベット先生。過信は得(え)てして破滅を呼びますよ」

 そう言いながら、だらしなく椅子に深く座っていた背筋をクッと伸ばし、今度は長机に体重をかけ、前かがみに座り直したカシメ先生が「妹さんはあんなに素直で良い子なのに」と歯を見せにこやかに続けるもんで、激昂(げっこう)し机にカンテラを叩きつけたリベット先生をなだめるのに随分(ずいぶん)と時間を要した。

 

 しばらくして、クワンと乾いた金属音が会議室に響く。上座に座る学校長の、己(おの)が杖を床に打ち付けた音だった。

「リベット先生とカシメ先生は減給(げんきゅう)だね」

 額(ひたい)に青筋を立てていたリベット先生は、すっくと椅子から立ち上がり「無礼致しました」とお手本のようなお辞儀をしてみせた。対して、さて長机に頬杖(ほおづえ)をつき、未だだらしなく椅子に座るカシメ先生の表情は、普段あまりお目にかかることの無い、まま面白い顔をしていた。

 

 

「報告しなきゃいけなかったことがあるんでは無いのかい」

「なあ、トグル先生」……会議後、各教員が部屋から退出していく。私もその流れに乗るようにただ足を動かしていたが、校長にそう呼び止められた。列から外れしばし考え、彼女に向き直る。

「……初等部四年、風属性(かぜぞくせい)のカボションが、炎麼(えんば)の動きを封じ込めることに成功しています」

 退出の際、マメに校長に頭を下げる教員が複数人いた。彼女は私に目を向けることなく、それに軽く手を振り見送っていたが、ぴくりと上記の発言に反応したのを見逃さなかった。

「入学からまだ一週間程度しか経っていません。命力量(みょうりょくりょう)が極めて少ない為、補助命石(ほじょみょうせき)の使用を許可しています。しかし命石無しで炎麼を食い止めました」

「ふむ」と空気を含んだ相づちがあった。私は話しを続ける。

「一部始終を見ていない為、生徒から聞いた情報のみですが、かなり大きな風を繰り出したようです。一時的にですが、命力量も増え――……」

「こないだ入学した生徒の一人かね。残念だが印象に残っていない。躍り出たのは闇属性(やみぞくせい)の子かと思っていたが、して……」

 校長のくぼんだ双眸(そうぼう)が、するりと私に向く。そうしてニヤリと口の端を上げたもんだから、私はいささか気分が悪くなった。

「畢竟(ひっきょう)はお前と一緒かな。ルールー」

「……トグルでいいです」

 彼女は砂色に流れる髪を耳にかけ、何の気なしに「そのカボションとやらは、お前の轍(わだち)を歩んでくれるのかもしれないね」と言い放つ……私は眉根を寄せ「馬鹿にしているでしょう」と語気を強めた。

「私の轍など、あの子(カボション)があまりにも不憫(ふびん)だ」

 校長の豪快(ごうかい)な笑い声を浴びながら、私は会議室を後にした。


教員たちを動かしたかったので書きました。

2025.1.23