■meguri / 2 / 不思議のたまごと赤い花

■2025.11.24発行 / 新書サイズ / 222ページ

 序章

 

 うす暗い部屋の中央に、あたしはぽつねんとつっ立っとった。せまか部屋の中を見渡すと、グジャッペのおろいか服、ほこりの積(つ)もった本の山。窓の外は、すみのように黒が広がっとる。

 部屋のすみっこに、こまんか衣装(いしよう)だなと、ふくらんだベッド。

(カボション、カボションー。どこにおる)

 ベッドの中から、あたしば呼ぶ声のする。誰が入っとるかなんて、見らんでも分かった。

 ここはあたしの家だ。もう無い、あたしの家。

(ンー、ンーンー……勝手に出ていくやつがあるか、バカタレが。はよ飯(めし)ば作らんね……いつまで待たすっと)

 あたしの背中とひたいに、タラタラとつめたい汗が流れる。あたしは右ん手ばゆらゆらさせる……落ち着かんけん……気が付いたら、首に下がる重みば握りしめとった。それは、ようやっと慣れ親しんだ廻(めぐり)の証(あかし)である碧(あお)い命石(みようせき)ではなく、家のカギの重みだった。

 ベッドからもれ出る、弱々しい怒りの声。耳をふさいでも鮮明(せんめい)に聞こえてくるその声に、あたしはたまらず家ば飛び出した。外は黒一色で、そこらへんに植(う)わっとる植物(しよくぶつ)のひとつも見えやせんかった。

 ばかんごつ足ば動かしても、グニャグニャともつれてうまく走れん。耳元にこびり付いて離れん声に、汗がとめどなく流れ続ける。

 黒か世界ば、しばらく走った。骨の入っとらんような足ば無理くりふみしめ、丘までかけ上がる。両ひざに手を置いて、あたしはハアヒイと肩(かた)で息をした。ふと、つむじに視線を感じ、あたしは顔ば上げた。

「『どこも行かん』て、約束ば破ったね。家まで壊(こわ)したね」

 黒背景の中浮かび上がる、こっちば見てくる無数(むすう)の赤い目ん玉。

 

  ❖

 

「うああ……ッ」

 ベッドの上で、あたしは数度まばたきば打った。でこっぱちにヤな気持ち悪さを感じ、手の甲(こう)でぬぐうと、水でもぶちまけたんかというほど汗ばかいとった。

 寝起き特有(とくゆう)の、ぬくもった重い身体ば無理くり起こし、熱のこもった後ろ髪を持ちあげる。壁にかけた時計を見ると、六時前。いつもより早い時間に起きてしまった。カーテンから差し込む白い光が針(はり)のように刺さり、目の奥にチカッとした痛みば感じた。

 二段ベッドの下段から、スイスの寝息(ねいき)がスピーと聞こえてくる。あたしはノロノロと身体ば動かして、スイスば起こさんよう、はしごにゆっくり足ばかけ、静かに洗面所(せんめんじよ)に移動した。

(昨日は頭使ったけん、疲れとるんかなァ)

 洗面所に設(もう)けてある高窓(たかまど)を、棒(ぼう)でクッと押し上げた。入り込むすずしか風を浴びながら服と下着ば脱(ぬ)ぎ散らかして、寝ぐせの浮いた髪の毛に、軽くクシば通す。春の匂いはとうに消え、遠ぉーくに見える草木は、やわらかな青色に萌(も)えとった。

命廻学校(みようかいがつこう)に、雨の月がやって来た。

第一章 浮かれ者

 

 来(きた)る雨の月の二日。天気、雲は消えてすっかり快晴(かいせい)。風、ややあり。

「あれ。スイスと一緒じゃないんだ」

 耳に届いたやわらかい声に振り返る間もなく、あたしの高い位置に結(ゆ)われた髪に、そっと触(ふ)れられる感覚があった。

「めずらしいね、一つ結び。……カボの髪、ちょっぴりくせっ毛だよね。三つ編みで型が付いちゃったのかな」

 流れるように、うなじの上の、あたしのおくれ毛を触られる感覚がした。

「おはよう。あれ……顔赤い。今日、陽(ひ)射(ざ)し強いもんね」

「……マアマア」

 やわらかい声の、そん人……ブリオは少しかがんで、あたしの髪ば片手でゆるくつかみ、遊びながら顔ばのぞき込んでくる。そぎゃんことするもんだけん、別に特段(とくだん)暑かワケでもなかとに、あたしは顔からダラダラ汗ば流してしまった。

 ブリオの顔は見れんかった。

「なんだか、君の肌も髪も、いつもより小ぎれいに見える。朝からお風呂?」

「いつもは小汚(こぎたな)いみたいな言い方すんな! ……寝汗(ねあせ)かいて、早く起きすぎたったい。だけん、風呂入って……」

「編む時間なかった上、相部屋(あいべや)のスイスは先に出ちゃったんだ」

「マ、そゆこつ」

 あたしが命力ば遣えるようになった日……「再生する炎麼騒動(えんばそうどう)」から、十日経った。あれから特に大きな出来事もなく、負傷しとったあたしは元気いっぱいに復活し、おとといからイフードードーと授業に参加し始めとるのだ。

 淡く咲いとった桜の花びらは、あたしがグースカしとる間、アッという間に散って地面に落ちて、気付いたころにゃスッカリ土にかえっとった。

 あたしの髪から、ブリオの指がするりと離れた後、ひかえめな力でおなじ場所をなでつけられて、思わず身じろぐ。

「昨日は……どうだった? 初めての月初(げつしよ)テスト」

 そっと耳打ちしてくるブリオの言葉に、あたしのぐるぐるとしとった脳みそは一瞬機能(きのう)ば停止して、またせわしなく動き始める。

 テスト。そぎゃん、テスト!

「……そぎゃんたい! 習っとらん内容ば出してくっとは、セコかて思わん?」

 勢いよく振り返ると、思ったより近い所にブリオの顔があって、お互いに目ばパチパチとしばたかせた。ブリオは眉根ば寄せ「んん……」と声をもらす。

「ごめん、もう一回言って」

「リッスントゥーミー。習ってない内容を出してくるのは、ヒキョーだと思いませんか?」

「習った内容しか出てないよ」

「ァ習った内容しか出てないよう‼ なんつってダァーハハ」

「今すぐ退学した方がいいよ」

「せからしいわ」

 漫才(まんざい)ば繰り広げよるあたしたちは、チラチラと生徒たちの視線ば感じながら、初等部(しよとうぶ)の校舎を目指してスッタカ歩く。

 「再生する炎麼騒動」から、あたしとブリオはいわゆる「時の人」になっとった。見たことも無い黒い命力(みようせき)を遣(つか)うブリオに、炎麼と対峙(たいじ)したゆうかんな風の廻(めぐり)カボション様(まだ見習いばってん)。目立たないわけがないのだ。思わず鼻歌が出ちまう。

 初等部校舎前のアーチ状の小さな門を通る姿は、他ん生徒の目には、さながらがいせんの廻のように映(うつ)っとったに違いない。

「やだな、早く落ち着いて欲しい」

「気持ちヨカけどなァ。廻になったら、勝って帰って来るたび、こぎゃーん風に見らるっばい」

 ブリオの表情がみるみるくもる。

「マ、そんときゃ、あたしが壁になってやらんこともナカけど……」

 ブリオがあたしを見つめてくる。パチパチとまばたきば繰り返して、口をポカンと開けとるそやつば見とると、自分の発した言葉が頭ん中で乱反射(らんはんしや)して、だんだんと恥ずかしくなってきた。

「なんか言えやァ」

「……壁になれるの? ぼく今、一・四朾(てい)あるけど。カボって身長、一朾も無いんじゃないの?」

「あるわ、バカタレ‼」

 早朝のすずしか空に、あたしの声がわんとこだました。

 

 

「起立(きりつ)」

 トーリィのすんだ声が、あたしのこまくば揺らす。ねむり被っとったあたしの肩を、隣の席のスイスがトトトッと叩いた。他んやつより一拍(いつぱく)おくれて、あたしはあわてて立ち上がる。

「気を付け。礼」

 おはようございまあーす、と四年の声が教室にひびき渡る。トグル先生は眉を下げながら「カボションは寝不足(ねぶそく)かな」と困り顔で笑っとらした。

 イスにドッカリ座りなおしたあたしは、二度ほど頭ば縦に振って、デカいあくびばする。

「さて、昨日も伝えたけれど、雨の月に入ったね。今月から、炎麼が本格的に活動を始める。十日前の炎麼騒動の際に劣化(れつか)が発覚した幻符(げんふ)は、幻属性(げんぞくせい)生徒とカシメ先生のほうでまるっと新調(しんちよう)してもらいました。貼付作業(ちようふさぎよう)も、先生たちのほうで済ませています」

 トグル先生はそぎゃん言うと、ふところから橙(だいだい)色の炎麼除(よ)けの札――幻符ば取り出さして、みんなに見せちこらした。あたしは両ひじば机について、顔をはさむように固定し、前かがみの姿勢(しせい)で、そん札ばボンヤリながめる。

「今日の午後から一週間、私は近隣(きんりん)の街、村、森へ赴いて、おなじように幻符の確認を行う予定なので、国語と廻学(めぐりがく)は自習にさせて頂きます。急な連絡でごめんね。命廻学校の幻符のように、劣化している物があるといけないからね」

「エッ」……すっとんきょうな声ば上げたのは、あたしの隣の席のスイスだ。スイスはあわてて手を上げ、太か声で先生に質問ばさした。

「せんせ、今日の五限と六限、明日の五限と六限の『命獣(みようじゆう)』の授業はどうなるんですか? ウチ、泣きそう……」

 みょーじゅー。なんか、どっかで聞いたような言葉ばってん、ねむり被っとる脳みそでは、なんのこつかちっともわからんかった。あたしのまぶたが、段々と重たくなっていく。トグル先生の「ウン」という返事が、あたしの耳に入ってくる……。

「みんなのお楽しみの命獣の授業は、先生たちと話し合って、今日の一限から四限に繰り上げたから、安心して下さい」

 ワーッと教室中に歓声(かんせい)が上がった。ウトウトし始めとったあたしは、ビクッと肩ばゆらしてしまう。

「トレーニングウェアに着替えて、グラウンドに集合してね。午後の自習の時間は、そうだな……トリリアント、マーキス。ふたりに任せてもいいかな?」

「わかりました」

 カンパツ入れずに、男子生徒が返事をする。先生は二度うなずいて「ありがとう」と返さした。

 

 ❖

 

「……さて、先生からのお話は以上です。トリリアント、号令(ごうれい)をお願いします」

 トグル先生がしゃきしゃきした口調で、今日の予定だとかなんだとかお話しさしたあと、トーリィが再度「起立」と号令ばかけらす。今度は遅れずに、ちゃんと立てた。ありがとうございましたあー、とあいさつば済まして、あたしはまた大口ば開けてデカあくびばした。

「あ、そうそう。気づいた子もいると思うけど、廊下(ろうか)に昨日の月初テストの順位を掲示(けいじ)しているからね。しっかり自分の現状(げんじよう)を確認して、来月もがんばるように。わからないところがあったら、先生に質問すること! いつでも待ってるからね」

 トグル先生はそぎゃん言い残し、教室を出ていかした。ム、順位。そぎゃんたい。今朝の登校中、ブリオとの会話にも出てきた、月初テスト。

(こら見らなんね!)

 あたしの席は窓側だけん、どうしてもろうか側のやつらより、スタートがおくれてしまうのだ。案(あん)の定(じよう)、ろうか側の生徒たちに先を越されてしまった。

 バタバタと教室ば出ると、デカデカと掲示されたデカい紙が目に入った。あたしは背伸びばして、来る雨の月・月初テストの学年順位ばながめる。

 ねむかったけんだろか、今朝教室に入ってくるとき、こやつの存在にぜーんぜん気付かんかった……なんでこぎゃん人だかりのできとっとや! 他の生徒も気付かんかったとだろうか?

「あーもう、見えん! カボション様が見よるどが。どかんかどかんか!」

 あたしはそう言いながら、クラスメイトの波をかきわけ、最前列(さいぜんれつ)に割り込む。後ろから「おい、チビ助! お前がどけよ!」とあたしば非難(ひなん)する聞こえたばってん、無視ばして、高い位置の一位から下に下にゆっくりと目を動かし、自分の名前ば探した。何度か一つ結びばひっぱられたばってん、歯ぐきばむき出しにしながら耐えに耐え、あたしは「ギギギ」と威嚇(いかく)の声ば上げ続けた。

「カボション!」

 急に名前を呼ばれたかと思ったら、浅黒(あさぐろ)い大きな手がニュッとあたしの右腕(みぎうで)ばつかんだ。ギョッとして身をこわばらせると、やや強めの力でひっぱられる。強めつったって、さっきから髪ばひっぱられよった力よりうんと弱かはずなのに、あたしはおずおずと引かれる方に歩いて、人の群(む)れから抜け出した。

 あたしの右腕をつかんだ張本人(ちようほんにん)……半そでのトレーニングウェアば着て、ノートを胸に抱いたブリオが、眉ばつり上げ、ムッとした表情であたしばにらみつけとった。

 なんで、そぎゃんカッコウしとっとだろか? 水でんかぶったとだろか。

「だめだよ。みんな順番守って、並んで見てるんだから。おんなじことされたら、君だって嫌でしょ……」

「グウ……」

 ブリオにジロリと見つめられる。あたしはあわただしく目ん玉ば泳がせて、右腕からブリオの手を振りほどいて、舌ば打ちながら掲示された学年順位に目を移した。 

「アッ?」

 見覚えのある名――「ブリオレット」の文字。そっが、六位に堂々(どうどう)と鎮座(ちんざ)しとった。あたしは面食らって、首が飛びそうな勢いで振り返り、ブリオを見つめる。

「おン前、六位ってなんや⁉ あたしと一緒に来たばっかのくせちかァ、すごかばい!」

 あたしの発言に、クラスメイトが数人、あたしとおなじように振り返る。そうして「たしかに!」とか「一年から入学してるのに、ブリオレットさんに追い越されちゃったー」など、ブリオへ向けた驚きの声、ブリオを褒めたたえる声がポコポコと聞こえてきた。

 ブリオのつり上がっとった眉はみるみる下がり、浅黒い両頬(りようほほ)は、あざやかなばら色に染まっていった。そんでどんどんうつむいてしまったもんだけん、ああ、いかん、目立たせるようなこつばさせちまったと、あたしはそんときそぎゃん風に思った。

「お前たち、一限は外だぞ。馬鹿みたいに群(むら)がってないで、着替えてさっさと移動しろ」

 そう声ば張ったのは、今しがた教室から出てきた初等部四年の学級副委員長(がつきゆうふくいいんちよう)、マーキスだ。胸元の橙色をした命石が、きらりと光りかがやいている。

 マーキスもブリオとおんなじで、トレーニングウェアを着とって、ノートば脇に抱えとった。

(こいつ、ちょ~っと頭がヨカけんて、チョーシ乗っとる。いけ好かんとたい)

 むかっ腹(ぱら)が立ったけん、あたしはマーキスに向かって舌を出した。あたしと目が合ったそいつは顔ばしかめ、くちびるを歪めながら小さく舌打(したう)ちばして、背を向けろうかを歩きだした。

 マーキスの後に続いて、トレーニングウェアを着た、学級委員長(がつきゆういいんちよう)のトーリィが教室から出てくる。トーリィはあたしたちに向かって「みんな、早くグラウンドに移動しないと、授業が始まっちゃうわ。『命獣』の授業よ。楽しみね」とやさしく声ばかけてきた。

 ブリオから「命獣」へと興味が移ったクラスメイトたちは、わらわらと一度教室に入り、トレーニングウェアに着替え、ノートと鉛筆ば持って、みーんなして嬉々(きき)と階段ば駆け下りて行った。

(ミョージュー。なんか、さっきも聞いたな。トグル先生が乗り回しよる、ツンツンばそぎゃん風に言いよったっけ)

 眠気が覚め、しゃっきりと覚醒しとったあたしの脳みそはフル回転し、頭の中で、赤茶色の毛むくじゃらのふしぎな生きモン・ツンツンの姿ば思い出しとった。シンとしたろうかの真ん中、もんもんと思考(しこう)を巡(めぐ)らせ、改めて学年成績表ばながめた。そうして、思わず息を飲む。

「このカボション様が、二十四位中の、二十三位……ウソだろ。上から探しよったばってん、下から探した方が早かったけん焦(あせ)ったばい」

「今焦っても遅いでしょ……」

 声がするほうに振り返ると、未だ顔の赤みが引かないブリオが、呆れた顔でつっ立っとった。

 こいつ、まだおったんか。

 友だちは友だちの行動が終わるまで、待ってくれるモンだ。つまり、ブリオはあたしに、かなーりの友情を感じ取っているに違いない。

 あたしはニンマリ笑って、ブリオに交渉する。

「こん、ゆうかんな廻に二十三位は似合わんど。どれ、ブリオ。お前の六位と交換してやってもヨカぞ」

「……。なんでそういう発想になるの? 本当にいらない……」

 ブリオはそぎゃん言い残し、顔ばギュッとしかめる。そうして胸に抱いとったノートば両手で持ち直して、スタスタと歩いて階段ば降りて行った。

「なーんね、おもしろくナカ……」

 あたしはそうつぶやいて、もう一度成績表ばながめた。基本的に、自分とブリオの名前以外の情報をシャットアウトしとったけん、再度(さいど)一人ひとりの名前を確認してみることにしたとだ。

「ん? あれ……」

 あたし、学年成績一位はトーリィと思っとったとばってん、違う人の名前が一位に鎮座しとることに気が付いた。

「二位、ト……リ……ト、リリ、アント。トリリアント! 三位、マ……マアー……マーキス。ふーん。マーキスはともかく、トーリィより頭のヨカやつが、こん学年におるとか……」

 一位にあぐらばかいた「ローズ」という三文字。口に出して音で聞いても、どうもその名前にピンと来るものは無かった。

 そうしてボケッとつっ立っとったら、授業開始の鐘(かね)が鳴るもんだけん、あたしは手ぶらのまま、あわてて階段ば走って降りて、グラウンドへと飛び出したとだ。

第二章 不思議のたまご 

「やっぱ外での授業は……気持ちヨカね~」

 地面にあぐらをかき、両(りよう)の腕(うで)を空に伸ばし、あたしはグッと背伸びをする。となりに腰を下ろしとるスイスが「そうだけどお」と、小声で声をかけてくる。あたしの視界(しかい)の端(はし)に、スイスのあざやかな髪の毛が、きらりとかがやくのが見えた。

「なんでカボ、制服のままなの……? スカート汚れちゃうよ?」

 うろんな目で見つめてくるスイスに、あたしはパチパチとまばたきをした。

「そぎゃん話、聞いとらんもね。あたしは言われとらんこつは、せんつたい」

「うそォ。先生、言ってたよ!」

「言っとらんねェ!」

「言ったよ」

 スイスに胸(むね)を張ってえばったら、あたしの頭のてっぺんに、ゆるやかな速度でなにかがコツンと落ちてきた。

 あたしが顔ば上げると、地面に片ひざをつき、ゆるくこぶしを作ったトグル先生と目がかち合う。あたしの目線に合わせとらすけん、思ったより顔が近かった。先生は、眉(まゆ)を下げて苦笑いばしとらす。

「言っとらん思ったとですけど……」

 あたしの頭のてっぺんに落ちてきたつは、トグル先生のゲンコツだった。ゲンコツば作った右の手とは反対の、黒い手袋(てぶくろ)ばした先生の左の手の人差し指が、あたしたち生徒に向かい、ツーと水平(すいへい)に宙(ちゆう)をなぞる。

「昨日、終礼のときに連絡したよ。明日の命獣(みようじゆう)の授業はトレーニングウェアで、って。配布(はいふ)した時間割(じかんわり)にも書いてたね。カボション以外みんな着替えてる。……どうかな?」

「みーんなして着とるな思ったばってん、こんカボション様は、先生はそぎゃんこつ言っとらんと確信(かくしん)しとったワケですよ」

「言ったんだよなぁ……」

「そぎゃんかなァ……」

「なんなら今朝(けさ)も言ったんだよなぁ……」

「そぎゃんかァ……」

 あたしは青い空へ高々(たかだか)と背伸びする、スッカリ葉桜(はざくら)になった桜の木ばながめよった。

 雨の月つっても、四六時中(しろくじちゆう)雨がワーワー降(ふ)りよるわけじゃナカ。今日はピーカン。青空教室(あおぞらきようしつ)ってワケだ。

 副委員長のマーキスが手を上げ「先生、転校生のことは放っておいて、先に進んで下さい」と声ば張った。あたしたちのやり取りに、しびれば切らしたらしい。

 トグル先生は一つうなずいて、あたしに向かって「次回は忘れないようにね」と声ばかけらした。そうして先生はひざに手をつき立ち上がる。

「さて、今日は『命獣』についての授業だよ。楽しみにしていた子も多いんじゃないかな?」

 授業中の先生って、腹から出さす声のフンイキがいつもと違う気がする。先生っていつでもかっこヨカばってん、授業中は特にかっこヨカとだ。

 先生は青空教室用の黒板に、チョークを使ってカツカツ言わせながら文字を書き連ねていく。

「まずは、言葉のおさらい。命獣……『命力(みようりよく)』を持った『獣(けもの)』と書いて、命獣。獣って言うのは、はるか昔に存在していた古代生物(こだいせいぶつ)のこと。『動く生き物』と書いて『動物』とも表現されるね。蟲(むし)と同じように、自然の中で暮らし、われわれ人間とともに生きていたらしい」

 となりに座るスイスが、楽し気に自身の長ぐつの先を揺らしとる。

「われわれ廻(めぐり)は二次性徴(にじせいちよう)を迎えると、命力が安定し、より強く、より上手く命力を扱えるようになる。これは先週、保健の授業で習ったよね。今よりもっと強力(きようりよく)な技が遣えるようになるし、命力の消費量(しようひりよう)も減って、効率の良い戦い方が自(おの)ずと身につくようになるよ」

 視界(しかい)がかげったもんだけん、あたしは黒板から目ば離して、空ば見上げた。遠くに、モンシロチョウが飛んどった。

「でも、この安定期(あんていき)に入る前に、低迷期(ていめいき)がやってくるんだ。十歳から十一歳までの間……初等部(しよとうぶ)の四年生と五年生。今まで通り遣えていた命術が、思うように出せなかったり、命力のコントロールがうまくいかなかったり。未だ解明(かいめい)されていない、命力の謎の一つだ。……このクラスの何名かは、すでに不調(ふちよう)を訴(うつた)えている子もいるね」

 チョウから目ば離して、先生の方ば向き、耳をかたむける。命力の不調? そんなもんもあるんかァ、とあたしはポソッとつぶやいた。スイスが大げさに頭を縦に振る。

「そこでみんなの助けになってくれる相棒(あいぼう)が、命獣だ」

 トグル先生はそう言って「すみませーん、お願いします」と声ば張らした。そうして、若(わか)か先生たちが、両手に布の被(かぶ)さった小さかバスケットばいくつか持って、テッコテッコと走ってこらした。若か先生たちは、あたしたち生徒一人一人に、手早くバスケットば渡していかす。

 バスケットは小さかばってん、ズッシリと重い。布ばペロッとめくって中身ば確認すると、結構大きめの、白い玉のようなヘンチクリンな形ばした石が、ころんと鎮座(ちんざ)しとった。

「先生方、ありがとうございました……。ウン、ありがとう。えー、今みんなに配られたものは『命卵(みようらん)』と呼ばれる、特別な命石です。この命卵に命力を込めると、一週間ほどで、君たち一人ひとりの属性(ぞくせい)を反映(はんえい)した命獣が孵(かえ)るよ」

 トグル先生はそう言うと、首から下がっとる濃(こ)く赤い命石ば二回、人差し指でつつかした。とたん、トグル先生の命石から、真っ赤な火の玉が勢いよく飛び出してきた!

「ヂー」

 命石から飛び出した赤い火の玉は一度鳴き声を上げ、みるみるうちに、ずんぐりとした丸っこい生き物へと姿を変える。

「私の命獣、雀型(すずめがた)命獣のツンツンだ。十三歳のときからの相棒だよ」

 ツンツンは小さか羽ばはためかせて、トグル先生の肩にとまり、先生のほっぺたにすり寄った。

「命獣は、なかなか興味深くてね。命力同様(どうよう)、まだ解明(かいめい)されていない部分も多い、謎だらけの生き物なんだ」

 ツンツンの羽毛に、トグル先生のりんかく線が埋まっとる。

「代表的な特徴(とくちよう)を七つ紹介するね。一つ、先程(さきほど)も言った通り、命獣ははるか昔に存在していた、獣と言う生物の姿を模している。二つ、命獣の額(ひたい)には、主人と同じ属性の命石が埋まっている」

 ツンツンが先生にすり寄って、先生の顔の半分くらいが羽毛(うもう)に埋まったころ、あたしは耐えきれず吹き出した。この時期はぬっかろなあ、と思いよったら、先生は右手の人差し指と親指でツンツンばつまみ上げ、左の手のひらにそやつば乗っけらした。

「三つ、普段は主人の命石の中で眠っていて、主人が命石をつつくと目を覚まし、外に飛び出してくるよ」

 トグル先生と目が合う。先生がぱちんとウインクばさして、まるであたしに「質問してみろ」と、そぎゃん風にさそっとらすように見えた。

 あたしは口角が上がるのば感じながら「ふん」と鼻から息ばもらす。

「先生ェ、質問!」

「はいどうぞ」

「そいつらって、エサはなんすか? なん食わせりゃヨカとですか? エサ代(だい)ってあたしらが払わなんとですか?」

 先生は二度うなずいたかと思えば、右の手ばズボンのポケットに突っ込まして、ゴソゴソと何かば取り出さした。どうにもそれは、そこら中に生(は)え散(ち)らかしとる、ただの葉っぱのように見えた。

「良い質問だね、カボション。四つ、命獣は雑食性(ざつしよくせい)でなんでも食べる。売店(ばいてん)に命獣のエサが売ってあるけど、ちょっと高いからね。こういう葉っぱとか、そこいらに植(う)わってる実とか食べさせた方が安く済むよ。不服(ふふく)な顔するけど……」

 ツンツンに葉っぱば近づけると、そやつはとんがった口の先で、器用に葉っぱば食べ始める。「しつもーん」と、あたしの後ろから声が上がった。

「そいつら、うんこは?」

 トグル先生は、男子生徒からの質問に、目ばほそーく細めたかと思ったら、小さくため息ばつかした。

「マロン、敬語……。五つ、排泄腔(はいせつこう)が無いため排泄(はいせつ)は行わない」

「うんこせんとォ⁉」

「カボション、静かにね」

「歩くうんこタンク⁉」

「マロン、授業中は静かにするって、約束したよね」

 先生にたしなめられたあたしたちは、ゲラゲラ声ば上げて笑う。隣から半そでば引っ張られた感覚でハッとして、あわてて周りば見まわしたら、白(しら)んだ眼(め)が一点にあたしに注目しとったけん、口を一文字に引き結んで、何事もなかったかのように、あたしは先生の次の言葉ば待った。

 うんこの質問ばした、マ……マロ……? ナントカて名前の男子生徒は、未(いま)だ笑い続けとった。そのうち、にぶい音と「グエッ」というマヌケな声がして、トグル先生の約束どおり、静かになった。

「はい……六つ、主人の命令で、大きな姿へと変貌(へんぼう)できる。ツンツン、どうぞ!」

 葉っぱば食べ終わったツンツンは、先生の声に一度まばたきばしたかと思ったら、そのふわふわで丸い身体が、またたく間に濃く赤い火の玉へと包まれる。火の玉は渦(うず)を巻きながらみるみるうちに大きくなり、クラスメイトたちはきゃいきゃいと声を上げた。

 火の勢いが弱まったかと思うと、蟲(むし)とは違う、やわらかい羽がきしむ音がした。火の中から姿を現したツンツンは、先ほどのずんぐりとしたあどけなさは残っておらず、りりしい顔であたしたちば見下ろしとった。隣から、スイスの生つばを飲む音が聞こえた……迫力(はくりよく)と大きさに、圧倒されとるようだった。

 トグル先生が口を開く。

「最後の七つ目。命獣はひとり一匹。命獣が孵(かえ)った後は、新しい命卵に命力を込めても、孵ることは無いんだよ」

 先生がぐるりとあたしたちば見渡していく。一人ひとりに目配せばしよらすようだった。

「今言ったこと、とっても重要(じゆうよう)! しっかり覚えておくように。テストに出すからね」

 テスト、という言葉に「エッ」と声が上がる。そらそうだ、今一番聞きたくない言葉! 昨日テストが終わったっていうのに、ま~たテストの話題が出てきた。周りから、急にカキカキと紙にえんぴつがすべる音が聞こえ始めて、あたしの心臓(しんぞう)はドキリとちぢこまる。あたし、身一つで出てきてしまったもんだけん、書くものがなにも無いのだ。地面に人差し指ば走らせたばってん、湿(しめ)ってかたく重くなったグラウンドの土は書きづらく、あたしの指ばひりひりと痛めつけてくるだけだった。

「さて、今週の宿題だ」

 次いで上がる「エエーッ」という不満(ふまん)の声。もう笑うしかなかった。宿題なんて、叶(かな)うなら耳に入れたくない言葉だ。おもしろくなかし、あたしの時間がつぶされる! その考えは、クラスメイトの大半がおんなじなようで、あたしはホッとしたとだ。

「エーじゃない。はい、来週の頭、今日と同じように一限から命卵の授業があるからね。命卵に自身の命力を込める! ……命卵の様子と、その過程をレポート用紙にまとめ、書き留めること。無事孵ったら、名前を付けてやること。これが宿題です」

 あたしは「オッ」と声ばもらす。思いのほか、楽しそうな宿題だ。簡単に言えば、かえるまでの日記ば書けばいいわけだ。楽勝(らくしよう)たいね! マ、日記なんて三日続いた試しがナカばってん。

「先生ェー、最初だけヒント下さいー! 変化、見落とすかもしれませんー!」

 後ろから、男子生徒の大きな声が聞こえる。トグル先生が歯ば見せて笑って、ウンウンとうなずかした。そうしてゆっくり口ば開かす。

「はい。最初は、命卵にくねくねした模様(もよう)が浮かんでいくからね。良(よ)っく観察(かんさつ)すること。がんばってね」

「かえるかなあ」と、隣のスイスが不安そうに声ばもらさした。先生はおだやかに笑わしたあと、ウンウンと首ば縦に振る。スイスのくもり空みたいなそのつぶやきは、トグル先生の耳にも、シッカリとどいたらしかった。

「大丈夫、来週までに孵らなくても、低い成績(せいせき)を付けるようなことはしないよ」

 スイスが両の手ば合わせて、あたしの横でごきげんにはずみだす。ゴムまりみたいな女だと、あたしはあくびばしながら思った。先生が声を張る。

「大事なのはレポートだ。レポートの内容で成績が付くからね、必ず提出(ていしゆつ)するように! ……はい、カボション、あくびしないよ。……クロイゾネ、鼻はほじらない!」

 急に名前ば呼ばれたもんだけん、思わず背すじばシャンとしてしまう。

「全員の命卵が孵ったら、みんなの命獣を一人ひとり、お披(ひ)露(ろ)目(め)してもらいたいと思っています。素敵な名前を付けてあげて。命獣は、生涯(しようがい)の相棒だからね」

 先生の言葉に、みんなの空気が変わった気がした。

(ふん、生涯の相棒ね。ふん……)

 あたしのほっぺたが上を向くのを感じる。ふーん、ヨカじゃん。……かっこヨカじゃん!

「さ、では、杖変化(つゑへんげ)のときとおなじように! 各々(おのおの)、命卵に命力を込めてごらん。今日の午前中、一限から四限まで、まるっと命卵にひたすら命力を込めること! 身体を動かしたり、走り回って大丈夫だよ。命力を通して、主人の好きなことを命獣も感じ取ってくれるはず。どうぞ!」

 先生の手と手が合わさり、パン! というかわいた音が空気をふるわせる。その瞬間(しゆんかん)、四年のクラスメイトたちはみんなワヤワヤとおしゃべりしたり、卵を抱きしめだしたり、軽くコンコンたたいたりし始めた。あたしはブリオの姿ば探す……おったおった。ブリオも、女子生徒二人と一緒に、おそるおそると卵ばなでとった。

 改めて、視線をあっちゃこっちゃ動かしてみた。みんないろーんなこつば試しとる。特に目立ったのは、真っ白い命石を首から下げとる、赤毛の男子生徒……マロ……ナントカ。さっき、トグル先生に命獣のうんこ事情(じじよう)の質問ばしとった、うんこ気になりマンだ。

 うんこ気になりマンは片手で卵ば抱(かか)えたまま、もう片方の手で器用に逆立(さかだ)ちばしとる。ぬしゃ大道芸人(だいどうげいにん)か。

「……なーほどなァ!」

 トレーニングウェアは、このために必要だったのだ。あたしは頭ば縦に振りながら、命卵を頭に乗せた。

 頭上の卵を手で軽く支えたまま、あたしは少し湿った地面ば踏みしめ、グラウンドを思いっきり駆け出したとだ。

「たしかに、スカートだとちぃ~っとばかし走りにっかよなァ! どぎゃんか、気持ちヨカか? 風ば感じるど! ミョージュー!」

 後ろから、ドシーンというにぶい音がした。なんやなんやどぎゃんした、そう声に出しながら足を止めたあたしは、音がした方を振りかえる。アホ男子のマ・ナントカが、頭にタンコブば作りながら、目ばまん丸にしてひっくり返っとった。口ばあんぐり開けて、顔がやや赤い。そのわきには、命卵がゴロリと転がっとる。

 低い位置にあるまんまるの目ん玉は、あたしば見上げ、泳いどった。

「マ・ナントカ、おン前、卵も頭もカチ割るっぞ。バカたいね~。血がのぼるようなことすっけんだん。顔、赤っかばい」

「マロンだよ‼ お、お、お前、お前お前お前! お前の方、お前がだろ! バカヤロ‼」

 わけくちゃ分からんこつばそいつはわめき始めたけん、あたしは顔ばしかめながら卵を頭から下ろし、胸に抱え直した。

「なーんば言いよっとや。あたしは腕で支えとったもん。こんバカタレが。バカて言うやつがバカとばい」

「お前が先にバカって言ったじゃねーか! あああもう、お前、スカートがめくれてるんだって!」

「ハア?」

 自身のスカートに目を移す。たしかにMAXフレアのスカートが、風にあおられたせいか、ピロッと一部がめくれたままになっていた。片手ですそを引っ張り、しわを伸ばしていく。

「こぎゃーんとでピーピー言うなや。ガキか、ぬしゃ」

「短パンくらいはいとけ、バカ‼ 見苦しいんだよ!」

「ハア~⁉ 暑かもん、しょんなかろがァ‼」

 ピーギャー騒ぎよるアホ男子、マ・ナントカ改めマロンの隣に、副委員長のマーキスと、白い命石ば引っ下げた、タッパのあるくせ毛の男子生徒が近寄ってくる。白い命石の、この男子生徒……おなじ四年ばってん、影がうすいのか、なんなのか……。あんましあたしの印象には残っとらんかった。

「マロン、なにやってんだよ……。ほら、立て」

「あーマクラメ……ワリ、ありがとう」

 マクラメと呼ばれた、白い命石のくせ毛の男子生徒に手を引かれながら、マロンは顔ば赤らめたまま卵を自身のふところにたぐり寄せ、スックと立ち上がった。あたしはそこで気が付く。マロンが抱えとる卵に、なんとなし、模様が浮かんどるように見えたとだ。

「おい、なんか卵、変ばい」

「アア?」

 マロンはあたしの言葉に顔をしかめた後、しげしげと自身の卵をながめた。そうして、先ほど見せた表情よりさらに目をまんまるにさせたかと思うと、パッと明るい表情を作った。

「オイオイオイ、さっすがオレ。やるなあ。いや~、さすがオレ! さすオレ! オレ! オレ!」

「マーキス、どうする。マロンに先を越されたな」

 タッパのある無属性(むぞくせい)の男子生徒・マクラメはニヤリと口のはしっこば上げ、副委員長のマーキスに問いかけた。マーキスはぶすくれた表情で、太陽色の瞳(ひとみ)でジロリとマクラメばにらみ返し「まだ始まったばかりだろ。それに、ボクは別に、競争(きようそう)がしたい訳じゃない」と吐き捨てた。マーキスは続ける。

「主人に似て、単純(たんじゆん)な作りの命獣なんだろう。劣等(れつとう)には劣等の命獣がお似合いだ」

「オ、言うじゃねえかマーキス。いいぜ、やってやろうじゃねーか。今度、命獣同士で九(く)九(く)言わせようぜ。どっちがかしこいか勝負だ」

「マロン……命獣はしゃべらないぞ」

「……マジ?」

 女子んごた太か目ん玉ば丸くして、マロンはマクラメばジッと見つめる。そうして感心したように、マロンは目ばつぶり、ウンウンと頭ば縦に、おおげさに振りよった。

「さすがオレのマブダチ。マクラメってハクシキだぜェ~」……そんなバカみたいな会話ばしながら、はなれていく三つの背中ばながめる。

(仲良しとだろか?)

 アホのマロン、タカビーなマーキス、ネクラなマクラメ。どうにも結びつかんばってん、ワキアイアイと話しよる三人のそん様子は、ちっとばかしうらやましい気持ちになるぐらい、あたしにはまぶしく感じた。

「ヨカなあ。あたしもあぎゃん友だち、欲しか……」

「あら、私はお友だちの枠に入ってないの?」

 いつの間にかあたしのとなりに立っとったトーリィに目ば向ける。

「ア、いや。もちろん、トーリィは友だちばい。ばってん、ケツば割って話してヨカとか悩んどって……」

「あら……割るのは腹よ」

 トーリィが眉ば下げて笑ったけん、あたしもつられて笑ってしまう。あたしの肩に勢いよく重みがのしかかって、グラッとよろめいたばってん、なんとか湿る地面ば踏みしめて耐えた。あたしの首に回るひんやりとした温度は、スイスの腕だとすぐに気づいた。

「ウチらも忘れないでほしいなあ! ねー、ブリオレットちゃん?」

「えっ? えっと……」

 スイスの腕ばひっぺがして、首を回し、声がした方ば振り返る。ブリオは一度あたしと目が合うと、ちょっぴり目を細めた。その表情にあたしの身体はこわばって、心臓がセカセカと動きだす。

 ブリオはあたしから目をはなし、スイスとトーリィを見やって、ゆるく口もとに弧(こ)を描いた。

「カボとは、この間(あいだ)友だちになったよ」

「アッ……」

 ポカンと口を開けたあたしと、いつもよりやわらかな表情のブリオを、トーリィとスイスがキョトキョトと見つめて来る。ほんで、最後はお互いに顔を合わせ、二人は「まあ!」と声ばあげた。

「そうなのね、よかったわ。カボション、ブリオレット」

「友だちですらなかったんだねえ! ブリオレットさんにとって、カボって今までなんだったの?」

「悪たれ」

「お……オイ……」

 こいつら! 好き放題言いやがって。

 そう、ブリオの認識(にんしき)だと、こんカボション様は、友だちの枠(わく)組(ぐ)みにすら入れてもらえてなかったらしい。こん事実は、未だあたしを苦々しい気持ちにさせちくる。

 口をモゴモゴと動かしていたあたしの目ん前に、ズイと女子生徒が道をふさぐ。

「トーリィ! 今どんな感じですの?」

「まあ、ハート。ううん、まだ真っ白よ」

 ハートと呼ばれた生徒は、トーリィの命卵ばながめとらす。横顔ばのぞくと、ふさふさのまつ毛に縁(ふち)どられた目が見えた。どことなく、やさしそうな雰囲気ば感じる。

(話したことナカばってん、トーリィの隣の席の女ん子かいな)

 ハートの陽にすかした葉っぱのような髪が風にあおられ、とろんとした甘いにおいが、あたしの鼻ん先ばかすめた。

「なんか、ヨカにおい……」

 あたしが鼻を近づけてかぎよったら、耳元でばちーん! と気持ちのヨカほどいい音のした……「アイター‼」あたしは声ばあげる……そやつの張り手があたしの左ほほに飛んできたと気づいたのは、数秒後。

 あたしの目ん玉が、えいりに吊り上がる感覚のする!

「……なァ~んばすっか、こん、バカタレが‼」

「変態! 野蛮人(やばんじん)! うら若き乙女に鼻を寄せ、匂いを嗅(か)ぐなんてなんたる無礼(ぶれい)‼」

 あたしに臆(おく)することなく噛(か)み付き返してきたその女子生徒の態度に、思わず面食らう。結構デカい声ば出したつもりばってん、なんも効いとらんように、シャンと立ってにらみ返され、あたしは柄(がら)にもなくたじろぐ。しかし、なんてや、へ……ヘンタイ、ヘンタイてや⁉

「この……このッ! 誰がヘンタイてや⁉ こんッ……暴力(ぼうりよく)女がァ‼」

「お口も悪ければ態度も悪い……変態転校生さん、きっとあなたからは、どうしようもない命獣が生まれてくるに違いありませんわ。不快(ふかい)……不愉快(ふゆかい)……! ゾッとしますわ!」

「せっからしか……打(う)たるっぞぬしャア……」

 お互い背中押されたらチューしちまいそうな距離で、あたしたちはメンチば切り続ける。

「にらめっこ中に失礼します。お二人さん、命卵を見て」

 トーリィに呼びかけられ、ハッとしてあたしたちは抱いとった卵に目ば向ける。そんで、思わずひっくり返りそうになった。

 卵に……命卵に、うっすらと模様が浮かんどったとだ!

「ちゃんとレポートに書くのよ。『口喧嘩(くちげんか)中、気が付けば模様が出ていた』って」

 あたしとハートは汗ば浮かべながら、互いの赤くなった顔ば見合わせる。ハートは「こんな恥ずかしいこと書けません」とこぼした後、ウウとうめいて、その場に座り込んでしまった。

 

 ❖

 

 授業の終わりば告げる鐘(かね)が鳴る。そんでもって、ギューとあたしの腹の蟲(むし)も鳴る。

「気を付け。礼」

 ありがとうございましたあー、と、グラウンドにひびく大きな声。ああ、四限があっという間に終わってしまった。こんなに楽しかった授業、入学してから初めてだ。

 あたしは鼻歌まじりに空ば見上げる。すこし晴れ間の見えてきた雲の形が、カエルの肉入りおやきのようにもこもこで、また大きく腹が鳴った。

「夜も命卵を抱きしめて、一緒に寝てあげてね。落(お)っことしても大丈夫……そう簡単には割れないから」

 トグル先生がそぎゃんこつ言うもんだけん、あたしは反射的(はんしやてき)に、命卵を思いっきりグーでたたいてしまった。結果、あたしの頭に先生のゲンコツが降り下ろされることとなったとだ。

 地面にしゃがんで「オオオ」とモンゼツしよるあたしばよそに、トグル先生が声ば張る。

「カボションとブリオレット、それと、ローズ。お昼食べ終わったら、後で職員室においでね」

 そぎゃん風に名前ば呼ばれたけん、職員室で追加説教(ついかせつきよう)ば喰(く)らうとだろかと一瞬思ったばってん、ブリオも呼ばれたとなると、どうも違うような気のすると、あたしは頭んテッペンのタンコブばさすりながら、空返事ばしたとだ。

第三章 サルかイヌか

 

「手紙?」

 昼飯ば食った後、トグル先生に呼ばれたあたしとブリオは、命卵(みようらん)が入ったバスケットば引っ下げたまま、人のおらんシンとした職員室で、イスに座った先生から白か封筒(ふうとう)ば渡された。

 封筒のすみっこに並んだ、泳いどるような筆跡(ひつせき)はどこかなつかしいような感じがする。ブリオは「ああ」と小さく、抑揚(よくよう)のない声ば上げた

「ノコさんからの手紙」

 ブリオはそぎゃん言ったあと、バスケットば職員室の床に置かした。つやんとした爪の先でペリペリと封ののりばはがし、二枚ほど便(びん)せんば取り出す動作をボケラとながめる。

 そこであたしは、大事なことば思い出した。入学から一か月たった、今、この瞬間(しゆんかん)に!

「あたし、ノコさんに手紙出すって言いよったのに、今ん今まで忘れとった!」

 シンとした職員室で、そぎゃん風に声ば上げる。トグル先生とあたしとブリオ、こん三人しかおらんて思いよったばってん、遠くの席から咳払(せきばら)いが聞こえ、あたしはあわてて右ん手で口ばおさえた。

「カボ、大きな声は出さない」

 くわえてトグル先生にもたしなめられる。あたしは小さくなりながら「スンマッセ……」と返した。

「いかん……スッカリ忘れとったばい。おこられたくナカなあ。ブリオ、お前は手紙出したと?」

「出したよ、二通」

「マメたいねェ……」

 あたしが目ば細めながらそぎゃん返すと、ブリオがジトとした視線を向ける……「お前がズボラなだけだ!」……そぎゃん言われよるような気持ちになってしまい、面白くなかった。

 つかのまコン、コン、コンと三度、職員室の戸が鳴った。

「トグル先生、おそくなってごめんなさい」

「オ。どうぞお入り、ローズ」

 職員室に入って来たのは、黒い肌に、ミルク色の髪の毛の女子生徒。頭に結(ゆ)われたデッカいリボンが、テッコテッコ歩くたびにゆらゆらとゆれとった。あたしの隣に来たそやつば、チラと横目で見る。身長はあたしとドッコイばってん、そん手指も足もどこそこ小さく、いささか幼く見えた。

「はい、ローズ。ご家族からお手紙だよ」

「ありがとうございます」

 トグル先生の大きな手に握られたうす桃色の便せんば、そん細んか両の手でそっと受け取る様子ばだまってながめる。

「……一位のローズ?」

 あたしがそぎゃん声ばかけると、名前を呼ばれた当の本人は、ヒクと肩ば揺(ゆ)らし、ぎこちなくあたしの方を向く。あたしは眉間(みけん)ばかきながら、首をかしげた。

「あんま、頭良さそうには見えんばってん」

 ベチ! というマヌケな音とともに、右ほほににぶい衝撃(しようげき)ば感じた。ブリオの左手が、あたしの右ほほを、はじくように打ってきたのだ。

 左ほほはハート、右ほほはブリオ。……今日で二度目の張り手! あたしの目に、ジワジワと水のまくが張る感覚がした。

「た…… 叩いたな……」

「君が悪い。なんでそゆこと口にするの?」

「グ……」

「嫌いだ……」

「ウッ……⁉」

「どうどう、ブリオレット……それくらいに。カボションが泣いちゃってるよ」

「まだ泣いとらんしッ!」

 言葉に詰まって、ウッウッとしゃくりあげるあたしば見たトグル先生が、あわてて間に入ってきて、そんなことば言ってくる。

 いっちょんフォローになっとらん。

「ローズ、ごめんなさい」

「なァ~してお前が謝る!」

「君が謝らないからでしょ!」

 いつもよりかたい、ケンケンとしたブリオの声が、あたしに追い打ちばかけてくる。あたしはいよいよ泣きだしたくなったが、どうにかそれば耐えしのぶ……。自身のくちびるの縁(ふち)に、ギュウと力が入る感覚がした。

「ワ……。大丈夫だよ。頭悪そうな顔って、よく言われるから……」

 にじんだ視界(しかい)の先、ブリオのふくふくとした腕が、ローズのミルク色の髪の毛にふれたのが見えた。ローズのシルエットがゆれる……。

「よくないよ。んん……なあに? この文字」

「マームガルブ語だよ」

「……海の向こうのマームガルブ国?」

「うん。お父さんがマームガルブ人なの」

 カボション様のことなんかそっちのけ、ふたりの声がはずむ。あたしはこうべば垂れ、思わずグウウとうめき声を上げてしまった。

「私と肌の色が似ている。君もマームガルブ人? 廻家系(めぐりかけい)?」

 ローズにそぎゃん声ばかけられたブリオは、目を皿のようにして、たまがったような顔ばする。ブリオはうろたえながら二度、三度ほど首ば横に振り「孤(こ)児(じ)で……」と返した。ローズはだまるでも、バツが悪そうな顔をするわけでもなく「そうなんだ」と一言。あたしの片眉(かたまゆ)がぴくりと動く。

 ローズの手が、ブリオの手を取ったのが見えた。

「トグル先生、この腕輪(うでわ)は補助命石(ほじよみようせき)ではありませんか?」

 息を飲む音が聞こえた。ブリオからだった。

「ウン? ああ……そうかもしれないね」

 トグル先生はイスに座ったまま前かがみになって、ブリオの右の手首に通る、夕暮(ゆうぐ)れのような色をした腕輪をのぞき込んできた。そうして、しばらく押しだまる。ブリオはおろおろと身体を揺らし「え、え。思いもしなかったです」とこぼした……「これは、小さいころから持っていたもの?」と先生が問うと、ブリオはコックリと頭を縦に振った。

「補助命石だとしたら、この持ち主は……」

「碧(へき)色と紫(むらさき)色だから、風と毒の廻(めぐり)ということですか?」

「……ウーン。そうだね……」

 先生はしばらくその腕輪ばながめらした後「ひとつだけ預かってもいいかな」とブリオに声ばかけらした。ブリオはの右の手首から抜かれた、ころんとした腕輪ばあずからしたトグル先生は、大事そうにそればきれいかハンカチに包(つつ)みなおして、自身のズボンのポッケに突っ込ましたと。

 

 ❖

 

 あたしたちに手紙ば渡し終えたトグル先生は、あたしたちと共に職員室から出て、片足ずつ屈伸(くつしん)ばさす。最後に「それじゃ、行ってくるね」とローズ、ブリオ、あたしの順で頭ばぽんぽんさしてから、おだやかに笑わした。

 先生、授業もせなんとに、あっちゃこっちゃ行かなんとだろな、と思うときつかろうて思う。そぎゃん素振りは、あんまし見せらっさんけど。

 先生ば見送った後、あたしはため息ばつきながら、痛む右ほほばさすった。ほっぺたも痛かばってん、どっちかというと胸のほうが痛かった。ブリオの言葉がえいりに刺さったままだけんだ……「きらい」って、キツか言葉だと思う。背後(はいご)からは「それじゃ、闇属性(やみぞくせい)さん」とローズの声。次いで。ブリオの照れくさそうな返事。

 さっさ教室に帰ろう、残りの昼休みの時間ば大切にせな、そぎゃん思った矢先「カボ」とブリオから声ばかけられたもんだけん、あたしはあわてて目もとをぬぐって、頭ばぶんぶんと横に振る。

 

 図書室に来た。

 ブリオに無理やり連れられたと。かえってくる命獣たちが、どぎゃん姿ばしとるかが気になったけん、らしい。

 だらしなァーくうなだれ、先ほどはたかれた右ほほば図書室の机に当てて、くもり空をながめる。そうして、やわらかい声が届いた。

「古代生物図鑑(こだいせいぶつずかん)借りてきた。……一緒に見よ」

 あたしはズッ、と鼻ば鳴らして身体ば起こして、声の主ば見やる。

 今朝、ブリオから話しかけられた時点で「めずらしかこともあるもんだ」と悪い気分じゃなかったとばってん、先ほど怒られてからはもう、どうしようもなくブルーだったのだ。ばってん、こうも声かけやらお誘いやらが続くと、むずがゆい気持ちになる。あたたかくて、叫びだしそうな、泣きだしたくなるような……。 

「ヨカと」

「なにが」

「もう怒っとらんと」

「うん。でも……今度ローズに会ったら、ちゃんと謝ってね」

 一度うなずいてから、ブリオから分厚(ぶあつ)か本ば受け取る。直後あたしは「ム」と声をもらして押しだまった。けげんな顔をしたブリオが、ズイとイスを寄せて来る。たまらずちぢこまるあたしに気づいとらんのだろうか、そやつはなんも気にすることなく、あたしの手から重たい図鑑をひっぺがし、それば机に寝かせ、バラバラと音を立てページをめくり走らせた。

「オオ……みょうちくりんな生きモン」

「読んだげましょか」

「助かる」

「こゆときは『ありがとうございます』って言う」

「……ありがとうございます……」

 イヌやネコ、カメにサル、ヒツジにタヌキ……。ずっと昔の文献(ぶんけん)から読み解かれた情報をもとに、色鮮やかに描画(びようが)された獣たち。採掘(さいくつ)された獣(けもの)の化石(かせき)から、その大きさは判明(はんめい)しとるとばってん、いかんせんどーにも信じがたい。

「こぎゃん生きモン、本当におったとだろか。蟲(むし)よかデカかとだろ」

「目が小さくて不思議」

 あたしはあごに手をやり、二度うなずく。

「肉の身体て、あたしたちみたいなモンよな? おもしろか。ふん……。産まれたばっかのイモムシんごつ、やわらかかとだろか」

「どっちかというとケムシみたいな感じなのかな。体毛がある種が多い」

「しかもすき間なく毛で埋まっとるな」

「もひとつ違うところを上げるなら、親が卵をあたためてかえしていたみたいだよ。ここ載ってる」

「あたためる? ふうん」

 あたしは机の上のバスケットをまさぐり、命卵(みようらん)を両手で抱き上げる。イスに深く座り直してもたれながら、そうして卵ば強ーく抱きしめた。

「……一週間も待てんばい。はよかえらんかな。あーあ、あたしの命獣(みようじゆう)、どぎゃんとだろか?」

「君は……サルか、イヌかなあ」

「サルか、イヌか? どぎゃん生きモン? なして?」

「このページに載ってる」

 腕の中の卵を、バスケットのなかにもどして、あたしは前かがみになって図鑑(ずかん)にかじりつく。サルとイヌのページば行ったり来たりしながら、ホーとかへーとか声ばもらしよるあたしの隣で、ブリオがポソリとつぶやいた。

「サルとイヌは……君の使う言葉で言うと……」

 図鑑からブリオに目ば向ける。あたしと目が合ったそやつは目ば細め、クッと口のはしっこば上げた。「ニヤリ」という擬音(ぎおん)がピッタリな、そんな表情だった。

「せからしか生き物」

「は……」

 あたしの顔にみるみる血が集まっていくのが分かる。

 怒りで、だ!

「ハアアア⁉」

「シッ。図書室では静かに」

「だ、誰のせいで……!」

 ブリオの両目が弧を描く。くそ、おもしろがっとる。ヤしかしせっかくブリオが誘ってくれたこの貴重な昼休みは、なるべくおだやかに会話がしたかとが本音だった。いつもみたいにカリカリ怒って(もうおそか気のするばってん)言い合いになってしまうような展開は避(さ)けたかったとだ。

 あたしは一度、ふか~く息ばすってはいて、目をつぶって頭ば冷やす。ブリオが「ふふ」と声をもらした。

「物の例えだったり、古い言葉の中には、サルとイヌがよく出てくるんだよ。まあ、サルとイヌのみんながみんな、そうという訳じゃないんだろうけどね」

「……お前はさ……あたしンこつば、なんて思いよっとや」

「悪たれ」

「グ……」

 バカにしやがって!

「しかも文字も読めない」

「よッ……読めらァ……!」

 いかん、声が裏返った。

 目を開け、横目でブリオの顔ば見る。こやつは口角(こうかく)ば上げたまま、図鑑の文章(ぶんしよう)に指ばさしとって。そんで、ある文字の上で三回ほど円を描いた。あたしはその文字をながめる……「これがなにか当ててみろ」と、まるで挑発(ちようはつ)でもされとるかのような気分になった。

「……」

「これは『卵(たまご)』と読みます」

 あたしは一回舌打(したう)ちばする。またブリオのきれいか指が紙の上をツツと泳いで、おなじ文章の中の、別の文字の上で止まった。

「こっちは」

「……タマゴカ」

「んーん。これは『孵(ふ)化(か)』と読みます。ざんねん」

 バカにされとるねェ!

「せからしか、せからしか。……教えてもらっとらんもん、あたしは悪くナカ」

 そぎゃん返すと、先ほどまでニヤついていたブリオの表情がムッ! とくもり「ぼくだって教わってないよ」とぴしゃりと返される。くちびるばとがらせとるそやつに、あたしは負けじとさらに噛みつく。

「怠慢(たいまん)て言いたかとや?」

「そゆ言葉は知ってるんだね」

「親によお言われよったけんな。お前は怠慢なグズだって」

 ブリオはハッとしたような顔ばする。そんふとか目ん玉が、のろのろと下へ下へと向かっていくもんで、あたしはちっとだけ居心地(いごこち)の悪くなった。

「……マ天才のカボション様でも、ちぃ~とばかし読めん文字もあるたいね」

「天才には読めない字無いと思うけど」

「せっからし……」

「そもまず、ちょっとどころじゃないよね」……そぎゃん言い放たれ、あたしは思わずぶーたれてしまう。ブリオは目をふせため息ばつく。そうして、そやつはかたんと音ば立てて席を立った。あたしはだまってそれを見送る。

(結局いつもこうだ。ブリオと話ができても、最後はヤな空気になっちまう。やおいかん。あーあ……)

 あたしは図書室の古(ふる)か机の上につっぷして、その面に再度、右の頬ば付けた。力が入った目を休ませようと、あたしはギュッとまぶたを閉じる。

 

「ねむたいの?」

 ブンと顔ば上げると、低学年コーナーの絵本ば抱えるブリオがあたしの顔ばのぞき込んどった。あたし、ブリオがあくしゃ打って、教室にもどっちまったんだと思いよったばってん、どうやらそうでは無いらしかった。ブリオは抱(かか)えとった絵本ば開き、机に置いてイスば引き、座る際に数回おしりばなでつけて、スカートにシワが寄らんよう整えよる……「この中でスラッと読める文字を指(ゆび)さして発音して」と言いながら。

「なん……なんだって?」

「この中でスラッと読める文字を指さして発音して」

「あ、ウス」

 ブリオにそぎゃん言われるがまま、あたしは絵本の中、ずらりと並んだカラフルなアリアバン文字の一つひとつに指を置いていく。

 五十音(ごじゆうおん)なんて丸無視(まるむし)で、あたしの中の決まった順番(じゆんばん)で。

「いくぞ。『カ』と『ボ』と『シ』と『ヨ』と『ン』」

「終わりだ……」

「終わっとらんわ」

「他は?」

「聞いておどろけ。『ブ』と『リ』と『オ』と『レ』と『ツ』と『ト』」

「んふ……」

 自身のくちびるに手を当て、くふくふ笑うブリオに、胸の奥がジワッとあたたかくなるのを感じた。ブリオはしばらくして小さく息を吐き、にまにました顔で言葉を選ぶ。

「まあ……『カシオリ』とか『ションボリ』とかは読めることになるね」

「イチオシは『オツカレ』と『オシリボリボリ』ばい」

「ぐふ……」

 ブリオはちっとばかしのけぞったあと、自分の口もとばきれいか手でおさえ「よだれ出ちゃった」と小さくつぶやいた。

「この本、借りていきなよ。勉強になるだろうし」……そぎゃん言いながら、ブリオは真っ黒のスカートからレースのハンカチば取り出して、両の手で軽ーく、自身のくちびるば押さえらした。

「初等部四年の授業を受ける前に、まずは読み書きを習得(しゆうとく)するべきかもね」

「……」

 ブリオはまた、かたんと音を立てて席を立つ。古代生物図鑑(こだいせいぶつずかん)をわきに抱え、反対の手で命卵の入ったバスケットばぶら下げ、今度こそ図書室から出て行った。

 あたしはひとり、カラフルなアリアバン文字がおどり散らかしとる絵本の前で、ブリオのゆれる後ろがみば見送った。

 机の上の命卵をながめる。さっきより、ウンと模様が濃くなっとる気のする。ブリオのはどぎゃんなっとっとかな。

 文字が読めるようになったら、もっともっと、わからんかったことがわかるようになるとだろうか。教科書の文字が読めたら、授業もおもしろく感じるとだろうか。

 あの日借りた本が読めるようになったら、あたしはなにか変われるとだろうか?

「学んでいかなんな……」

 あたしは卵ば抱き上げ、図書室のおろいかイスにドッカリもたれて、こげ茶色の天井(てんじよう)のシミばぼんやりながめた。

 

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 バスケットに先ほどの絵本と、ノコさんからの手紙ば突っ込んで、図書室を出たあたしは階段を降り、そのまま校舎の外に出た。スン、と鼻を鳴らす。雨が降りそうな匂いだ。

 グラウンドには、ほとんど人がいないかった。命卵のために身体でも動かすか、と思ったとばってん、あいたしもた、もしかするともう昼休みも、終わりが近いのかもしれない。

(マしかし、風ば浴(あ)びるだけでん気持ちがヨカね)

 あたしはぬるい風を全身で感じながら、バスケットの角度(かくど)を調整(ちようせい)する。卵に風を当てるためだ。……意味があるかは知らんばってん、あたしが卵だったら、きっとうれしいと思う。

 遠くから声が聞こえた。聞き覚えのある声だ。

「……もう片付けろって! だーコラ、オレに投げるな! ……いいかぁボウズ、ボール投げるときは、もうちょい、こう、腰を落としてだな……」

「イロナシのマロンだ。ばっちい! さわるな!」

「ばっちくねーよ、あほう! マ、便所(べんじよ)行った後、手ぇ~洗わねえのは事実」

 キャーハハ、ばっちいー! と笑いながら、ボールを持って初等部校舎へ、つまり今あたしがつっ立っとる方向へと走っていく下級生たちに、アホ男子――マロンは手をふっている。

 満足そうにうなずきながら、マロンもこちらへ歩いてくる。途中、そやつは「ウワッ」と声ば上げる。一歩一歩、あたしとの距離が近くなるにつれ、そん表情は険(けわ)しくなっていくけん、思わず鼻で笑ってしまった。あたしとはち会わせてしまったのが、よっぽど面白くなかったらしい。

「出たな、パンツ見せつけチビ」

「よお、うんこ気になりマン」

「誰がうんこ気になりマンだ!」

 声ば張り上げるマロンに、あたしは一瞬(いつしゆん)、聞きたかったことを言いよどんだ。なんとなく、楽しか話題ではないであろうことを理解していたけんだ。マロンの威嚇(いかく)しとるような表情が、だんだんとないでくるのも分かった。

「イロナシは無属性(むぞくせい)の蔑称(べつしよう)だ」

 あたしが口を開く前に、マロンはそう言い放った。まんまるの瞳(ひとみ)は、しっかとあたしの目を見ている。あたしは言葉を発(はつ)するために開けた口を、二度開閉(かいへい)したあと、一文字(いちもんじ)に引き結んだ。

「無属性だからさ、オレ。親が捨て置いてったんだろうなと思ってるワケよ。そういうヤツは、この学校にもたくさんいる。だから、それは見えるとこに出しとくんじゃなくて、ポケットとかにさっさとしまうのがマナーかもな」

 あたしはハッとして、バスケットから手紙を取り出し、あわててスカートのポケットにしまい込んだ。マロンは「マ、オレはあんま気にしてないけどよ。なはは」と笑った。

 あたしは今度こそ、マロンに気になっていたことを質問する。

「無属性は、その……よく思われとらんとや」

「まあ、煙(けむ)たがられてるわな」

「誰から?」

「そらみんなから。お前もそのうち、オレに話しかけてこなくなるぜ」

 あたしが顔をしかめると、マロンはこにくたらしい顔で肩ばすくめる。

「無だぜ、無。なんも無いってこと。良いとこも色も無し、関わっても良いこと無し」

 そう言いながら、マロンはグッと背伸びをする。どこかの関節(かんせつ)が、パキと軽い音を鳴らした。

「イロナシって、イーエテミョーだろ」

  自身の首から下がる命石のヒモをひっつかみ、マロンはそればプラプラとゆらしてみせた。あたしは顔をしかめたまま、マロンに噛み付く。

「色はあるだろ、白って言う色が」

「たしかにー! って、納得(なつとく)してくれると思うか?」

 マロンは目ば細めて、あたしば見やる。そん表情は、トグル先生が怒っとるときの表情によく似とった。

「白は死の色だ、なにも無い色だよ。オレは白って聞くと、真っ先にダンゴムシの死がいを思いうかべるね。命獣(みようじゆう)もどうだろうなあ、無属性のトコにかえっちまったら、ガッカリするかもな」

「ならん。そぎゃんこつ言うな」

「ナランとかソギャンとか、なんだよ、ヘンな言葉だな。何年何十年どころじゃねえ、トグル先生がガキのころからある蔑称だ。今さらどうにもなんねーの!」

 マロンはそぎゃん言うと、やけにおろいかクツば履(は)き直して、校舎へと入っていく。あたしはなにも言えず、バスケットの持ち手ばギュウとにぎりしめた。

(まただ……また知らんこつが出てきた)

 あたしの胸には、感じたことのない、言いようのない焦(あせ)りがつのっとった。一日二日では解決できないことが、山のようにある。卵をかえすのも、手紙を書くのも、読み書きも。それに加えブリオを護(まも)る。ゆうかんでハクアイの廻(めぐり)カボション様には、やることが山(やま)積(づ)みだった。このイロナシ問題も、純粋(じゆんすい)にダサくて気分が悪い。

(あたしが、変えられんだろか?)

 もんもんと考え込んどると、タカタカと足音が聞こえた。振り返ると、マロンが呆(あき)れた顔でつっ立っとった。

「なにボーッとしてる。もーそろ昼休み終わるぜ」

 マロンから『校舎の壁(かべ)に設置(せつち)されている巨大(きよだい)な時計を見ろ』とジェスチャーで促(うなが)された。しかしあたしは首を横に振る。

「時計が読めん」

「ン。なんだ。オレもだよ」

 マロンはあたしの前を通り過ぎると「こっち来い」と手招(てまね)きをしてきたので、だまってそれに従(したが)う。ピッと時計に指をさしたマロンの丸い手指は、おやきのようだった。

「いいか、針が垂直(すいちよく)に、あの向きなったら鐘(かね)が鳴(な)んだ。昼休みが終わって五限目が始まる。チビ助も覚えといたほうがいい」

「ありがとう」

 さっきブリオに促(うなが)された、感謝の言葉。なにかをしてもらったり、なにかを教えてもらったりした際は、ありがとうって言う。

 ブリオの前では言葉が出てこないのに、他のやつの前ならスムーズに出てくるもんだけん、あまのじゃくだと自分でも思う。

「なんだお前、礼言えんのかよ」

 呆れたような、困ったような。眉をさげたマロンとともに、あたしたちは校舎へと入った。


サンプルは以上になります。